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愛犬柴犬エルとのお別れ、幸せな思い出ありがとう

愛犬エル 2/9旅立ちました

我が家の愛犬エル。

 

柴犬・オス・13歳11か月、来月には14歳を迎えるはずでしたが

 

昨晩旅立ちました。

 

そばで寝ていてその瞬間を見守っていたかったけど、私が眠っているうちに静かに。

 

目を開けたまま、ペットベッドを噛んだ状態のまま冷たくなったエル。

 

今にも動き出しそう。

 

いつか来る、そうわかっていてももっと先のことだと。

 

2/4火曜日はまだ散歩ができていたんです。

 

ほんの5日前まで。

 

2/5のどが鳴り食べられなくなり動物病院で診てもらうと肺水腫との診断。

 

薬が効かなければ厳しいと。

 

2年前に大病をしているのでそこからよくもったとも。

 

エルとの思い出を忘れないように

犬を飼っている家庭には

 

それぞれの

 

歴史があり

 

物語があり

 

思い出があるはず。

 

人の記憶はどうしても時が経てば薄れていくもの。

 

エルとの思い出を忘れないよう書き綴っていこうと思います。

 

思い出すこと、思いつづけることがきっとエルが喜ぶことと信じて。

 

エルのため、そして自分のために書いていきます。

 

1人でもエルのことを思ってくれる人がいるとこのブログを書いてよかったなと思えます。

 

ペットショップでエルに一目ぼれした父

エルとの出会いは2006年5月。

 

当時父親と二人で横浜市真金町のマンションに暮らしていました。

 

その頃父は精神的に不安定な状態でよくNHKに苦情の電話を入れてはNHKの人とやりあっていました。

 

そんな父が犬を飼いたいと。

 

犬を飼うことで精神的に落ち着くかもしれないと思い、すぐに近くのペットショップへ。

 

そこにいたのがエルでした。

 

3月11日が誕生日でまだ2か月にならないエルは本当にかわいく、父は一目ぼれ。

 

他の人の手に渡らないようその場で我が家の一員になることになりました。

 

犬を向かい入れる準備なんて何もしてないのに、この決断。

 

あの時の即断即決がなければ今の状態はなかったわけで運命なのかなと思ったり。

 

エルを飼うことで父の夢が実現

柴犬を飼うことが長年の夢だったと話す父。

 

ずっと貧しい生活をしてきて苦労をしてきました。

 

でもその頃は私もスポーツ新聞社に入社し生活には苦労しない程度の収入を得て余裕ができていました。

 

貧しかった時代には手が届かなかった柴犬を飼うことができる。

 

父にとっての夢がエルを迎えることで叶いました。

 

名前のエルというのは、大阪の親戚が飼っていた柴犬がエルでそこから父が名付けました。

 

エルのおかげで父も元気に

エルが来て明らかに家の雰囲気は変わりました。

 

エルの世話をすることで父も精神的に安定し日々エルを溺愛する毎日。

 

しつけがうまくいったのかうんちとおしっこは絶対に家のなかですることはなく

 

必ず朝・昼・夕方の散歩の時に。

 

雨の日も家ではおしっこをしないので、父もエルも雨合羽を着ては散歩に行く状態。

 

4年前に山口県に引っ越してくるまで毎日3度の散歩に行っていた父。

 

そのおかげか80歳過ぎるまで病院に行くこともなく元気に暮らせたのでした。

 

ソフトバンクのお父さん犬に似てて人気者

毎日歩いていたのは家の前の横浜大通公園。

 

元気な時には山下埠頭の方まで行くこともありました。

 

今は山口県に住んでいますが、エルは生粋の都会っ子だったんですね。

 

よくソフトバンクのお父さん犬に似ていると言われ

 

散歩をするととても人気者でした。

 

父も犬を通して話しかけられることが多く、それもまた良い精神状態にしてくれてたみたい。

 

寄ってきた子供がエルに手を出すと、いつも噛まないかひやひやすると言ってた父。

 

人を噛むことは一度もなかったエルはやっぱりえらい子だったなぁ。

 

食いしん坊で肥満気味

ただ食いしん坊だったんですよね。

 

朝食の食パンを目を離したスキに食べられたことが何度あったことか。

 

怒ってもペロリとしたすまし顔をしていたものです。

 

まぁよく食べるんで、肥満気味だと獣医からは注意はされていました。

 

確かにこの頃の写真を見ると太っているなぁ。

 

苦労した爪切り

苦手だったのは爪切り。

 

これには本当に苦労させられました。

 

爪を切ろうとわかった瞬間の興奮状態は手に負えず何度強烈に噛まれたことか。

 

とうとう右前足の爪は何年も切ることができず巨大な爪となり歩くのも大変そうでした。

 

昨年末意を決して爪切りに挑戦し、なんとか切ることはできましたが

 

こんなに巨大でよく歩けたもんだ。

 

これでも切れたのは2/3程度。

 

この爪はエルの形見として残しておくつもりです。

 

父と一緒に寝るエル

ペット飼育可のマンションの中でエルは放し飼いにしていました。

 

父の部屋とリビング、台所を行ったり来たり。

 

寝るのはいつも父と一緒。

 

父の布団で一緒に寝ることもあり、まさに相思相愛の仲。

 

父もエルも幸せだったと思います。

 

山口に移住してからのエルと家族

私が会社を退職したこともあり4年前からは離婚していた母親の実家に移住。

 

エルも飛行機に乗り、山口県へやって来ました。

 

山口でもエルの世話は父親が主にやっていました、朝昼晩の散歩、エサやり。

 

そうそう父は特にブラッシングを丁寧に長い時間をかけてやっていました。

 

だから昔の写真を見るとエルの毛並みが本当にきれいなんです。

 

ここにも愛情が注がれていたんですね。

 

2017年夏頃から父が体調を崩し、徐々にエルの世話を私がするようになりました。

 

2017年9月に父が病院で診てもらうと大動脈瘤が発見され入院。

 

エルにとって初めて父がそばにいない日々を過ごすことになります。

 

2017年10月、一時退院し自宅療養で戻ってきたのですが、

 

衛生的な考えでエルをゲージに入れることに。

 

それまでは山口でも放し飼い状態で、父のベッドにエルが上がりこむこともしばしばあったのですが。

 

胃瘻をつけて要介護4の状態になって戻ってきた父といつものように寄り添い甘えることが

 

できなくなったエルは寂しい思いをしていたのかもしれないですね。

 

2017年12月、父の容態が急変し救急車で運ばれると父は家に帰ってくることはありませんでした。

 

2018年1月30日、父が永眠。

 

冷たくなって帰ってきた父を不思議そうにみつめるエルの姿を見て泣いてしまいました。

 

病院でもエルに会いたがっていた父。

 

さすがに病院でエルに合わせるのは難しいと思っていたのですが、

 

今思えば病院の駐車場まで父を運び車の中ででも合わせてあげてたらよかったのになと後悔しています。

 

2年前にも発病

2018年夏、エルが突然歩けなくなりました。

 

でもその時は動物病院で処方された薬で快方に向かい、

 

数か月後にはまた歩けるように。

 

それとは別に左後ろ足に大きなこぶがいつの間にかできていました。

 

触っても痛がることはなく今回のお別れとは関係はなさそうですが

 

頑張って今日まで生きてくれてたのは間違いありません。

 

エルは「あんちゃん」の弟

父はエルに向かって私のことを「あんちゃん」と呼んでいました。

 

「あんちゃん来たぞ!」

 

「ほらあんちゃんだ。」

 

「あんちゃんとこ行けっ。」

 

といった感じで。

 

だからエルには

 

「あんちゃんだぞ」って自分のことをいうようになっていました。

 

恥ずかしながら40代で独身の私。

 

父はエルの事を孫のように思っていたのか、あんちゃんの言葉通り私の弟と思っていたのか。

 

今となってはわかりませんが、父の言葉から私にとってエルは弟のような存在でした。

 

一緒に父からの愛情をたくさんもらった弟。

 

横浜で暮らしていた父と私とエル。

 

2年前に父は他界し、

 

今日エルとお別れ。

 

横浜でそのまま暮らしていたらひとりぼっちになるとこでした。

 

でも今は母親の実家暮らし、母親がそばにいます。

 

5年前会社を退社する決断をしました。

 

もし残っていたら希望していた芸能記者になれていたかも。

 

あのアーティストにあって取材をしているかもと思うこともあります。

 

でも

 

父の最後も

 

エルの最後も

 

ありったけの時間を一緒に過ごすことができ

 

ああしておけばよかったという後悔がほとんどないのは

 

サラリーマンではなく自分の時間を自由に過ごせることができる環境にあったからこそ。

 

あの時の決断は間違ってなかったなと心から思えます。

 

あとは30年間会ってなかった母親に母親孝行しなくては。

 

エルの世話で遠出もできなかったんで近いうちに

 

父とエルと3人で暮らした横浜に行ってみようかな。

 

春に大通公園の桜を3人で見てたあの頃、幸せだったね。

 

エルちゃん、

 

小澤家に来てくれて

 

いっぱいの幸せをありがとう。

 

そっちではお父さんが待っててくれてるよ。

 

もう会えたかい?

 

また毎日朝昼晩と散歩に連れて行ってもらい、ブラッシングしてもらいな。

 

当分そっちに行くつもりはないけど、お父さんと同じくらい生きたらそっちに行くよ。

 

お父さんに甘えてじゃれている姿が目に浮かぶよ。

 

その時はまた3人で仲良く暮らそうか。

 

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コメント: 1
  • #1

    倉光美佐子・ハナです (月曜日, 10 2月 2020 12:29)

    エルチャン幸せな人生でしたね。
    お父さんが入院してる時は心配で寂しい時間を過ごしただろうけど。。
    小澤サンに出会えて本当に良かったなって思いました。
    私もハナと楽しい時間をいっぱい作ってエルチャンみたいな別れが1番いいなって思いました。
    見送ったお兄ちゃんは辛いだろうけど
    日にちは1日1日と過ぎていきます。
    徐々に楽しい事を見つけてください。
    楽しい人生を教えて頂きありがとうございました。。